私は「等身大のシゴト」をしたい


個人事業のWEBページを開設した。

こうしてブログをはじめるにあたり,

今の私の核となってる考え方を書いていこうと思う。


ちょうど今から一年前,私は生まれてはじめて「あー。もう死ぬのかも。」と思った。

過去に進路やキャリアなど大きな挫折は多かった方だと思っていたが,

ついにここまできたか,というのが本音だった。

がんになった。

しかも,「悪性軟部腫瘍」という人口10万人あたり約3人しかならないという,

なんとも珍しい部類の太ももに発症するがん(希少がん)で,

ケースが少ないゆえに治療法も確実とはいえない。

そのため私の選択はいつも究極の「一か八か」の二択だった。

(闘病のことはまた改めて書ければと思うが,これがまた振り返るには

体力も気力も要するもので…気軽にまた書きますね,と言えないのがやや難。)


幸いなことに,これでもかという幸運が重なって,

病気がわかってから約10ヶ月の闘病を経て,平穏な暮らしが戻ってきた。

奇跡が重なるたびに,私は生かされている,としか思えなくなった。


もっともっと若い頃は,「何者かになることへの憧れ」があった。

恐らく誰もが通る道なんだろうと思う。

「何者か」というそれは,「誰かになりたい」のではなく,

「凄い人になりたい」という高みを目指す向上心や野心の類だったように思える。

社会起業家に憧れて「革新的な事業をつくること」が正義だと信じてやまなかった。


一時期,仕事柄,毎月にように新聞などのメディアに載っていた時期があった。

家族はもとより,それを喜ぶ人や称賛・評価する人がいて,

実態よりも(地域)社会の自分の価値が高まったような錯覚があった。


でも,闘病を経た私は,全くもってそういう気持ちがなくなった。

なんなら目立たず,ひっそりとしていたい。

世の中にない斬新な新規事業を生み,それを育てていくような大きなシゴトもいいけど,

髪を振り乱して,というのか…不眠不休でコンビニ弁当を流し込むような生活は

もう私にはできない。

今ある身体で「よりよく生きる」ためには,

背伸びをせずに等身大の自分でいることが一番だと思ったからだ。



でも昔から変わらない価値観があって,

”誰かにとって”「必要とされる人でありたい」と今は今まで以上に強く願っている。

それはシゴトだけでなく,プライベートでも。


有り難いことに,社会復帰してから「待ってたよ」と言って

一緒にシゴトをしよう,と言ってくれる人たちがいる。


私が身につけてきた(一見可視化できない)思考をつかったスキルは,

地方ではお金になりにくいといわれてきた。

地方ではそこにお金を払う文化がない,と。


でも少しずつだが,基幹産業を担う農家さんや,それを支える人たちが,

「次の時代に向けて変わりたい」と強く願い,私に声をかけてきてくれる。

もっと私も役に立ちたい。そのためにもっと勉強と経験を積みたい。

今は「目の前のあなた」のために生きたい。シゴトをしたい。



川口 塔子 |tottoco

知覧茶コーディネーター/ PRプロデューサー「川口塔子」

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