2020年コロナ禍 30歳の今だから読み返したい本 7選


|いったい、誰がこんな世の中を想像しただろうか?

私がはじめにコロナのニュースを見たのは、深夜2時か3時の放送終了のあとにダラダラ流れてくる情報番組だった。(よくテレビを消し忘れて寝てしまうことがあって、その時も確かそうだった…)

恐らくまだゴールデンの定番のニュースではそれほど取り上げられてない頃だったけど、武漢で起きたその事態に、身の毛もよだつような恐怖を感じ、ちょっとのあいだ眠れなくなったのを今でもはっきり覚えている。


遠い中国での出来事だと思っていたことが、今、この目の前でも、そして遠い世界の国でも起きている。この事態をどう解釈すれば良いのだろう?

平成生まれの私達は、何度となく「時代の初めての出来事」を経験してきた。阪神淡路大震災、9.11、リーマンショック、東日本大震災、数多くの未曾有(みぞう)の天災、そして今だ。

その度に、色々と考えてきた。社会がちょっとずつ変わっていくのを肌で感じながら。

加えて、自分自身もこの13〜4年の間、あまりにも色々なことがありすぎた。

死を意識するような出来事もあった。


なぜこんなにも何度となく、苦難がやってくるのだろう?

そう思わずにはいられない。

今年は、誰もが幸福になると信じて疑わなかったオリンピックイヤーでもあって、自分自身も起業2年目でワクワクするような、ちょっとだけ背伸びできるようなプロジェクトが決まりかけていた。

今だから正直にいえるが、実はGWの前後数週間、何に対しても無気力な時間を過ごしていた。

普段だったら、新茶と新緑の春に胸をときめかせている時期だというのに、なにもやる気が起きなくて、ちょっとしたアポ以外は、ダラダラとした時間を過ごしていた。

フリーランスの悪いとこでもあるが、自分に自制心が働かなければ、どこまでも堕ちていく。


|今こそ、原点回帰。社会学的視点に頼る

そんな中で気がついたら、30歳になっていた。

コロナの影響も相まって、誰かとお祝いをするんでもなく、電話越しの「おめでとう」と普段どおりの会話を済ませた誕生日。

ふとした会話の中で「哲学的なこと」について話題が及び、ハッと気がついた。

そういえば、私は「社会学」という学問を学んだな、と。

学部生が学んだ社会学的視点なんて、大したことはないのだが、高校を辞めた18〜9歳の頃から鬱積(うっせき)していたモヤモヤを抱えていた私にとっては、自分の指針となった学問だった。


高校をやめて行き場がなくなり家に引きこもったあの頃。

受験に失敗し縁もゆかりもない土地へ行き被災したあの頃。

そして闘病中、病室からひとり桜島を眺めていたあの頃。


今回のコロナウイルスに限ったことでなく、振り返れば、今まで何度となく鬱積した感情を抱えている頃はあった。

その度に、社会と自分との関係性を考えた。

論理で説明がつかないことも世の中には多いけれど、それでも少しでも「自分の中で咀嚼(そしゃく)できるように」頑張ってきた気がする。

そう、今こそ社会学の理論書をひっぱり出してきて、こっそりと夜な夜な読む時だ。

そう思ってページを読み進めていた矢先、SNSで「バトンリレー 」なるものがまわってきた。私が受け取ったバトンは「ブックカバーチャレンジ 」というもの。


|ブックカバーチャレンジというバトンリレー

==========================

ブックカバーチャレンジとは

・好きな本を一日一冊、7日間投稿する

・本についての説明なしに表紙の画像をアップ

・毎日FB友だちを一人招待してチャレンジに参加してもらう

==========================

というものらしい。


調べてみると、このバトンリレーに対しては、どうやら賛否があるらしい。

これさえも社会ネットワーク理論そのもののような気がして、つながり方・波及自体も関心があるけど、いずれにしてもこの混沌とした世の中に、あえて「バトンで人と人をつなげる」といういう行為自体が、そもそも興味深い。

いや、そんなことを分析していると途方に暮れそうだ。

ということで、前置きが長くなったけど、素直にバトンを引き継ぐこととする。

ただし私は、バトンは人に回さないことにした。

加えて、このリレーは書評を書くものじゃないらしいのだが、私はちゃっかり書評じみたことも書いている。

今回、選んだ本のテーマは、「今こそ再読したい本7選」だ。社会学的な本にはじまり、人生の節目や危機で指針にしていた本を、ここに紹介したいと思う。

(今こうしてこんな記事を書こうと思うきっかけをくれた、バトンパスしてくれた友人に、心から感謝したい。)



Book1|社会学 New Liberal Arts Selecction 

いきなりだが、ブックカバーがない。。笑

焦って、表表紙を撮ってみた。(表紙はボロボロになって捨てたんだったかな…)

この本は正真正銘、大学の編入試験の勉強に使った理論書でちょっと読み込み方が異常。

でも、実は様々な事象に対して、ある程度一定の「解」をくれる本だと(今の私は)思っている。私も、試験勉強じゃなかったら、絶対に読んでない本だけど、この混沌とした世の中だからこそ、みなさんにもオススメしたい。

余談だが、この編入試験の時は、後にも先にもこんなに人生で勉強したことはなかったと思う。

Book2|ソーシャル・キャピタル入門

稲葉陽二さんという経済学者の本で、この本は大学のゼミ(私の尊敬する恩師・仁平典宏先生)の課題図書だった。当時、ゼミでは「東日本大震災」の被災地のその後についての調査研究を行っていて、「社会関係資本」をはじめとする、「人と人や社会との相互作用(関係性)が与える影響」について、真剣に考えていた。

”ソーシャル・ディスタンス”のこの世の中、一体、私達がどこへ向かっていくのか…、この本をもう一度読み直して、思いを馳せたいと考えている。


Book3|市民社会とは何かー基本概念の系譜ー

昨年12月に、地域でNPO法人を立ち上げた。

私にとっては、大学時代から数えること8年越しの考えと想いを形にした出来事だった。この「市民社会とは何か」は、大学の卒論を書く時に手にとった本。

98年の「特定非営利活動促進法」制定の裏話などが書いてある。前半は理論がましいので、ちょっと読みにくいけど、今日のNPOなどが活躍する社会になるまでの日本と世界の変遷がわかる本。

BOOK4|社会起業家 ー社会責任ビジネスの新しい潮流ー

平成後期から令和にかけては、この「社会起業家」という言葉はやや古臭く、死語のようになった気もしているが、私が高校から大学までの2010年台前後では、この言葉がもてはやされていた。言わずもがな、私自身もこの「社会起業家」とやらになることを夢見ていた。

死語になる、ということは、一見「ブームが過ぎた」という考え方もできるが、実際は「この言葉を使わずとも概念が定着した」という考え方もできる。

度々訪れる、未曾有の危機に対して立ち上がる起業家は少なくはないだろう。もし、この概念が今、世の中に定着しているのであれば、なんだかちょっと嬉しい気がする。


BOOK5|やりたいことは全部やれ!

古い本である。著者は言わずもがな、日本で最も有名といっても過言でない経営コンサルタントの大前研一氏。実はこの本、9つ離れた実の兄から、中学入学時にプレゼントとしてもらった本なのだ。当時、「ケイエイコンサルタント?マッキンゼー?」と思いながら読んでいたし、正直、内容がとても面白いという類の本でもないのだが…、忘れられない一節がある。



「私は高校生の頃から、死ぬときのことをひたすら考え、そして悔いのない人生を送るために節目節目でオールクリアしてきた。」


あとがきに書いてあった一文。電卓のACボタンを押してオールクリアにして、次から次へと人生の駒を進めていく大前研一氏を象徴する言葉だと思った。どうも、この一節が兄からの強いメッセージだったような気がして、私自身も大きな選択をする節目でこの言葉を反芻(はんすう)したりするのだ。


BOOK6|いい人生は、最期の5年で決まる

最後の2冊は、私が鹿児島大学病院の生協売店で購入した本。1冊目は、がん哲学外来という”がん患者の心のケア”を専門にしている医師・樋野興夫氏の本。

私はこの本を、病名がつく前(検査入院中で”もしかしたら重度のがんかもしれない”と思っていた時)に、手にとって、ほんの気持ち、心が救われた瞬間があった。

誰しもそうだと思うが、「自分がいつ死ぬか」なんて想像したくもないし、想像もできないと思う。でも、不思議とこの本を読み進めると、「この生命は永遠ではないんだ」とスーッと自然と理解させてくれる。

「人のために何かをする。ー病気になったのは、人のために生きることの大切さに気づくため」という一節は、今日の私の姿勢にも反映されている。


BOOK7|がんでも、なぜか長生きする人の「心」の共通点

やっと7冊目。もうここまで読んでくださっている方も、そうそういないと思うけど、最後の1冊は、6冊目と同じくがんの専門のお医者さんが書いた本で、私の人生の捉え方を180度変えた本だ。もし、あなたががんになったら、手にとってみてほしい。でも、それまでは読まなくていいかも。。当事者ではいと、ピンとこないことが多い本のような気がしている。当時の私が頭を殴られたような感覚になったのはこの一節だ。


私は、「まだ死にたくない」と言われたときは、「まだ、ということは、いくつまで生きたいと思っていますか?あるいは、いくつなら死んでも満足だと思えますか?」と聞くことにしています。(中略)誰も200歳まで生きたいなどと思っていないことはわかっています。それでは、いったいいくつまで、何のために生きていたいのか、突きつめて考えてほしいのです。


はて、何歳まで生きたいか、生きたら満足か、なんて考えたことなかったー…となった当時の私は、短く見積もっても、子が成人し欲を言えば独り立ちするまでは、最低生きていたいものだな〜、なんて妄想をした。今でこそ、人生を逆算した見取り図を手元にもっている。でも、それ通りにならないのが人生てもの。せめて、予定不調和は嬉しいことだけにとどめたいものだ。


ここまで、私の中で「今こそ再読したい本」を7冊ご紹介した。

ここまで読んでくださった方がどれぐらいいるだろうか…?

将来が見えにくい、予測もつかない今日の社会だからこそ、せめて自分自身ぐらいは、天命を意識して日々暮らしたいものだ。

GWが明けて、急にまた日常的な慌ただしさ、忙しさが戻ってきた。

忙しいぐらいがちょうどいい。今はそう思う。

川口 塔子 |tottoco

お茶のまちで小さくコミュニケーションプロデューサーをやっているトーコのページです。

0コメント

  • 1000 / 1000